スズキ歴史館は、二輪・四輪メーカーであるスズキ株式会社の企業博物館である。
スズキ本社の南東に位置し、インターネットか電話で予約が必要だが、無料である。来館時に受付へ予約IDを伝える。
1階は、現行の四輪車・二輪車・船外機の展示コーナー。2階は、四輪車の開発・生産についてと海外生産拠点国の紹介。3階は、創業者・鈴木道雄を始めに、スズライトなどの展示車両とともにスズキの歴史を紹介している。
鉄道:高塚駅から徒歩10分
車:25台分の専用駐車場あり(来館予約時に要予約)
スズキ歴史館は、二輪・四輪メーカーであるスズキ株式会社の企業博物館である。
スズキ本社の南東に位置し、インターネットか電話で予約が必要だが、無料である。来館時に受付へ予約IDを伝える。
1階は、現行の四輪車・二輪車・船外機の展示コーナー。2階は、四輪車の開発・生産についてと海外生産拠点国の紹介。3階は、創業者・鈴木道雄を始めに、スズライトなどの展示車両とともにスズキの歴史を紹介している。
鉄道:高塚駅から徒歩10分
車:25台分の専用駐車場あり(来館予約時に要予約)

SX4(エスエックスフォー)はスズキとフィアットが共同開発した乗用車である。
2006年3月のジュネーブモーターショーで2007年8月からのWRCへのフル参戦が発表され、WRカーのコンセプトカーが参考出品車された。その後、2006年7月4日の日本での新車発表会の場においてプロトタイプが展示され、テスト走行の動画も公開された。2006年7月現在、一部の自動車雑誌などにこのプロトタイプの走行写真が掲載されている。実際のマシンの開発やレースでのチーム運営は田嶋伸博率いるスズキスポーツが担当する。2008年12月15日、スズキは2009年以降のWRC参戦休止を表明している。
SX4はスズキ初の普通乗用車サイズの燃料電池自動車のベース車にもなっており、2008年6月24日にSX4-FCVの国土交通大臣認定を取得、同年7月の洞爺湖サミット・環境ショーケースでお披露目された。

スイフト(SWIFT)は、スズキの小型ハッチバックである。
初代はワゴンR+(現・ソリオ)のプラットフォームを用いた廉価な小型車という事を強調した販売がされたが、2代目は世界市場における販売を視野に入れボディ、デザイン、プラットフォームなど全てを一から開発、自動車の基本である「走る・曲がる・止まる」をしっかり作り込んだ車種として日本国内のみならず、世界各国から高い評価を得ている。
初代からジュニアWRCに参戦しており、ジュニアWRC参戦車をイメージしたホッテストハッチ、スイフトスポーツ(SWIFT SPORT)も高い評価を得ている。
初代は日本国外ではイグニス(IGNIS)の名前でも販売されていたが、2代目から世界共通でスイフト(SWIFT)とされている。
swiftは英語で「軽快・快速」を意味する。
尚、SWIFTという車名は1980年代以降スズキが販売していた「カルタス」の輸出名であった。
この為、海外においては20年以上に亘り馴染みのある名称である。

ジムニー (Jimny) は、スズキが1970年から市販している四輪駆動の軽自動車である。通常「ジムニー」は軽自動車を指すが、当項目では普通自動車登録であるジムニーシエラ、ジムニーワイド等についても併記する。なお、フォード・シエラやGMC・シエラとは一切関係ない。
車名の由来はジープ(Jeep)と Mini をあわせた造語からと言われているが、メーカーの公式発表では「発音のしやすさ、覚えやすさなどから作った造語である」とされている。北米発の愛称は「Suzy(スージー)」。
軽自動車として同一車種名での歴史の長さを誇る車種のひとつである。誕生から長い間、法定費用の面で有利な軽貨物となる4ナンバー規格(商用車)で販売されており、5ナンバーの軽乗用仕様の登場は1995年からと、比較的新しい。貨物仕様は1998年に廃止された。
・価値ある製品づくりをめざす鈴木自動車
・もっと個性的に、もっとあなたらしく Personal Best
・小さなクルマ、大きな未来。(現在)

軽トールワゴンとは、軽自動車のスタイルの呼称である。軽ハイトワゴンとも言う。
前部にボンネットを備えた、2 BOX および 1.5 BOX のハッチバックスタイルの軽自動車であり、一般的には車高制限の厳しい機械式立体駐車場の1550mmを超える全高の大きなキャビンを持つ乗用車である。
キャビンの高さを通常より高くすることにより、室内での乗員の姿勢を立ち気味(アップライトポジション)にすることで前後方向の占有面積を減らし、結果として十分な居住性と、荷室容積を実現する。そのほか、座面高が中庸で乗降性に優れる、運転中の視界が良いなどの副次的な効果もある。
エンジン配置はボンネット内の横置き配置が基本で、駆動方式はFFもしくは4WD。ドアの種類・配置は、側面はヒンジドアを前席用と後席用の左右2枚ずつ、後部にはバックドア1枚を備えた5ドア車が一般的で、スライドドアが採用されているのは、2代目 ダイハツ・タント、スズキ・パレットのみである。FRベースのセミキャブオーバー型やセミキャブオーバー型の軽1BOXワゴンは含まない。
ミニバンやトールワゴンの軽自動車版ともいえ、現在の軽自動車の販売台数ベースでは、主流となっているパッケージングである。特に、車体寸法に制限のある「軽自動車規格」では、利便性と操縦安定性を両立させるために都合の良い手法である。
RG250Eの事実上の後継で1983年発売。250cc2ストロークのスポーツバイクでは、ホンダとヤマハの後塵を拝していたスズキが放った意欲作。並列2気筒(パラレルツイン)がたたき出す最高出力45馬力は、以後、メーカーの自主規制の上限値となる。角パイプの量産車初のアルミフレームは軽量化と高剛性を両立、市販車として初めてのフルカウル(オプション)と相まって、レーサーレプリカという名前を定着させ、以降のレプリカブームの先駆となった。当時の車両には一般的だったセンタースタンドも省略され、運輸省(当時)の形式認可が取れたことが不思議とまでささやかれた。250ccでは初めて、メーター読みで180km/hまで出ると言われたマシンである。タコメーターの目盛は3000rpmから始まり、それ以下のエンジン回転数は表示されない。
6速、3000rpmで約60km/hとなるギア比だったため、トップギアでタコメーターが動き出すと速度違反になると話題になった。 通称「やっこだこテール」と言われるモデル。形式はGJ21。

スズキ・ガンマ(Γ =ギリシア文字)とは、スズキが販売していたオートバイのシリーズ車種である。同社のグランプリレーサー「RGΓ」(RG→RGA→RGBの次に"RGC"でなくギリシア文字の3番目でありギリシア語で「栄光」を意味する「ゲライロ」の頭文字のΓを使いRGΓとした)にちなんだネーミングである。
1983年、2ストロークエンジンを搭載したスポーツ車種であるRG(レーサー・オブ・グランプリの略)シリーズの発展形としてRG250Γが発売され、以降はレーサーレプリカ車種として排気量別に数車種が生産された。なお全車種とも既に販売は終了している。通称はRG250Γは「ガンマ(もしくはパラガンマ/パラガン)」、RG400Γは「ガンマヨンヒャク(もしくはヨンヒャクガンマ/ヨンガン)」、RG500Γが「ガンマゴヒャク(もしくはゴヒャクガンマ/ゴガン)」、RGV-250Γが「ブイガンマ」。
スズキは同じゼネラルモーターズ(GM)グループのスバルやいすゞと、部品の共通化などをすすめていたが、GMは2005年にスバル株、2006年にいすゞ株をトヨタ自動車に売却した。 2006年になって、GMが財務体質の悪化から保有していたスズキの株式20%のうち17%を売却しスズキが自己資金でそれを買い戻した。さらにGMの急激な業績悪化と世界金融危機による資金繰りの悪化により、2008年11月17日付けで保有していた残り3%(1641万株)のスズキ株を223億円で売却しスズキが自己資金でそれを買い戻した。(これにより、日本からGMの資本はすべて引き上げられ、GMグループ企業はなくなった。)
OEM供給をしている日産自動車との提携を開始し、2002年4月MRワゴンを日産「モコ」、2007年1月よりアルトを日産「ピノ」として供給。その一方で日産セレナをスズキ「ランディ」として供給を受けている。また、北米市場においては2008年秋より日産・フロンティアをイクエーター(「赤道」を意味する)としてOEM供給を受けることが決まっていて、今後はこの提携関係が強化されるものと思われる。
なお、同じ浜松市に本社を置く鈴木楽器製作所とは資本・人材を含めて関連は一切ない。
軽自動車では世界トップシェアを持ち、1973年~2006年まで34年間連続で国内No.1であるとともに、日産自動車やマツダへもOEM供給を行っている。
しかし、社団法人全国軽自動車協会連合会の発表した2006年度(2006年4月~2007年3月)軽四輪車新車販売台数速報によれば、長年競い合ってきたダイハツ工業(61万6206台)に1位の座を譲り、2位(60万5486台)となった。
スズキは2006年にスイフトやSX4などの小型車の強化を表明しており、生産能力確保の為には軽No.1にはもはやこだわらず、軽生産の縮小も辞さないという姿勢を打ち出している。